アートなの? おもちゃなの?

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私の針金アートは、どの会場でも子供さんにはとても面白がってもらえます。凄い喜んじゃって何時間もその場を離れずに一緒に連れてこられたお母さんが困ってしまってる姿などもよくお目にかかりました。

「遊園地のようだ」というお言葉、そして子供たちが遊びまわる。作者としてはとっても嬉しい状態だと思います。

「じゃあアートじゃなくておもちゃじゃないの」そうおっしゃった方がありました。

「おもちゃ」でもいいんです。アートじゃなきゃいけないわけではないんです。自分としてはどちらでもいいのです。ご覧になった方に判断していただければいいのです。

「アート」、特に「現代アート」というと世間一般に小難しい理屈の、よくわからないもの、あるいは高い値段で取引されるような「投資商品」になってるものもあります。

自分も小難しい理屈もわからないですし、自分のやってるものがどういう分類ナノカも判りません。結局は見る方が判断していただければいいですし、楽しんでいただければいいのだと思っております。

もちろん、自分もアートの世界で生きていこうとしています。人間生きていくには食べなければいけないし、そのためには食品を買うお金が必要です。アーティストもお金を稼ぎたいんです。アーティストも別に霞を食ってるわけではないんです。

 

 

子供からお年寄りまで

以前友人お家におじゃました時、作品をその場で作っておいてきました。当時友人の娘さん1歳くらいだったと思います。その場で作った猫の針金を彼女がどう認識しているのかということが友人たちと飲みながら話題になった事あがりました。

このご感想のように一歳七ヶ月のお子さんも喜んでくださったとのことでとっても嬉しいです。

赤ちゃんからお年寄りまで多くの方に楽しんでいただければ作者としては嬉しい限りです。

ワークショップ

 

こちらは2012年の東京杉並の座高円寺での個展で書いていただいた感想です。たくさん書いていただいてとても嬉しい限りです。そういえばこのサイト、作品の写真無いですね・・・ハ・ハ・ハ。

トリックアートのような作品とかいわれても見たことない方にはわかりませんよね。申し訳ないです。現在一番更新をしているのがFacebookページです。もしご覧いただける環境の方がいらっしゃれば、動画も結構ありますのでぜひご覧ください。ついでにページ全体への「いいね」していただければ新しい動画をアップした時の情報も行きますのでよろしくお願いします。

アニメートワイヤーズのFacebookページ

さて話は戻りまして、この感想の中に「子供向けのワークショップ」をやって欲しい、というのがあります。このアートを始めたのが2002年からで二度目の個展あたりからいろんな方におっしゃっていただけます。

ある理由から今までほとんどやって来ませんでした。

もう7,8年前でしょうか、東京都国立市の小学校の先生の集まりに講師として呼ばれたことがあります。小学校でもワイヤーアートをやるようになって先生方もやったことがないではいけないのでお願いできないかと、知人より頼まれました。これはだから大人向けそれも美術や図工の先生たちに対するワークショップというかんじでしょうか。

美術の先生方だとスイスイと素敵な作品を作られるだろう?とおもうわれるでしょうが、実は大きな団体展に所属して画家としても活躍されてる先生が「もうやだこれ、上手くできない子供の気持ちがわかったよ」なんておっしゃって途中でやめられたり、かと思えば、小学校は一人の先生が幾つもの教科を教えるのが普通であり、図工は専門の先生だけでなく、たしか社会だったかが専門の先生が参加されていました。その先生がこれがまた上手く創るのです。ちょっとコツをお教えすると、自分が嫉妬してしまいそうな面白いん物を作ってしまわれていたのです。かなりむきふむきに影響されそうな気がします。一般的な美術の才能?、センスとは別の世界のような気がします。

また話がちょっとずれました。

お子様向けにワークショップを考えた場合どういう方向性がいいのか考えてしまいます。私のワイヤーアートは何が面白いのでしょうか?

まずは触れば動くということ。物によっては針金通しがあたって音が出ること。それから一筆書きであること。そんな感じでしょうか。

お子さんたちにも動く作品ができればそれは最高ですよね。

ただ一番面白い「動く」これは自分の作品の肝ではあるのですが金属の弾性で動くのでして、そのためにはある程度硬い針金であり、また動くためには重みも必要でして、そうなるとある程度の太さのある硬い素材、例えば鉄の針金での制作が必要になって来ます。

一般的にワイヤーアートで使われてるワイヤーはアルミ製のものです。それならお子様にも曲げやすいのですが、動かすとなると余り適さず、触ってるうちにすぐに崩れてしまう可能性が高いのです。

鉄の針金は固いともありますし、一筆書きで使うとなると結構長さが必要であり、作ってる最中に残りの針金を抑えてるのが大変であったり、ムチのようにあっちへ行ったりビュンビュンと恐い動きをする時があります。

針金の先が自分のメガネにあたり、メガネにヒビが入ったことがあります。沿い安全性の問題でも自信がなく、今までお受けしたことがないといった感じです。

癒やされる作品を創るとは・・・

アニメートワイヤーズは「癒される」「針金セラピーだ」「病院の待ち合い室にひとつ」「一人暮らしのお年寄りのへや」「ペットを飼えない賃貸の家に」など、「面白い」「楽しい」という感想だけでなく「癒される系」の感想を多くいただいてきました。

自分は針金を制作を始める前、イラストレーターをしていました。科学雑誌や教科書、学習参考書、博物館の展示パネルなど一般的にリアルな説明図というようなものを描いてました。学術的に間違えちゃいけないなんて事もあり、自由に描く絵などに比べたら肩が凝り息が詰まる世界でした。

さらにある時からコンピュータを導入し描くようになりました。「描く」とは書きますが実際はキーボードを打ちモニターを睨め付け、マウスでぐしゃぐしゃ・・・筆、絵の具を使って描いてきたのに比べれば描いてるとは言いがたいのです。肩はこるし目は痛くなるし、楽しい時間かというと・・・(^_^;)

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針金を制作することは自分のカチカチに固まった体や心を癒やす時間であり、そして楽しかった。その楽しかった時間に出来た作品を見ていただくことで見ていただく方にも楽しんでいただければ思い、第一回目の個展を東京原宿で行ったのでした。

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だからそういう気持ちが入った作品だから「癒される」・・・とある友人は言ってくれましたが、違うんです。

こんな優しい癒される作品をつくる作者は優しく暖かい人・・そんなことを言ってくださった方もいらっしゃいますが・・・違うんです。そうじゃないんです。自分は裏表のあるせこくて嫌な性格、冷たい人間なんです。

優しい癒やされる作品を作りには自分も癒されていなければならない、幸せな生活を送っていなければならない。そう思ってました以前は。

ところが自分の実生活は辛いこと苦しいこと、情けない事、いろいろあり、むしろ自分が癒やして欲しいそんな状況に陥りました。

だから実際作品を作れなくなり、新作を創りだすペースが極端に遅くなりました。作家とは呼べない状態が続きました。

しかし、しかしなんとか個展に間に合わすようにやっつけに近い気持ちで作った作品でも「癒される」・・・という感想をやはりいただいちゃったんです。

上3つの画像の感想は、個展で第1回目から3回目までに頂いた感想です。下は2012年、もう4年たっちゃいましたが、最初の個展から私生活でのつらい時期を経て制作始めて10年目に頂いた感想です。

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嬉しい感想です。でもひねくれて荒んだ心の自分はわからなかったのです。「汚れちまった俺の手で人を感動させる綺麗な絵など描けるわけはない」昔何かで読んだ小説家?漫画?何かでそういうのがありましたが、まさにそんな心境でした。

 

しかしそれになんとなく納得のできる答えが見つかったのが今年の冬。幸福ホルモンと呼ばれる「オキシトシン」というものがあると知ってからです。

針金はそのオキシトシンを出させるためのスイッチでしかないのです。オキシトシンを出してるのは作品見て触ってる人なのです。自ら幸せになっているのです。自ら癒やしてるのです。

そう、別に針金でなくてもいいし、もっと言えば本来、一番オキシトシンを出させるハグだったりスキンシップだったりでいいんですよね。

まあそう言っちゃったら元も子もないのですが、、なんとなく気が楽には成りました。

無駄なこと・・・

 

これはラクーア展で書いていただいたものです。

自分の作品は基本的に動きが面白い、人や動物をモチーフにします。

それから一筆書きです。一筆書きを実際たどってみてるお子さんも多く見受けられます。そうやって楽しんでいただくのも作者本人としては嬉しい限りです。

さと、この感想には右上にも小さい字でなにか書かれています。

違う方が書かれたと思いますが

「すごいけど そんなことしなくても よくない?」と書かれてます。

アートなどというのは、衣食住のようになくてはならないものと違って

「なくても別に構わないもの」なのです。まあそういうことなんです(^_^;)。

社会的、経済活動的には「無駄なこと」なのです。まあ作者は無駄とは思ってないんで作ってるわけですが。でも世の中の常として必要のないものは買わないし、関心が無かったり他にもっと魅力的なことがあれば、「あっそう、ふ〜ん」の世界なんですよね。

だから別に構わないのです。自分の心の琴線に触れるものがなければ周りの人がいいとか、評論家が絶賛してるとか・・・そんなことは本来関係ないのです。

人に何をいわれようが自分の好み、自分の意見をもつというのはとっても素晴らしいことなのだと思います。

「アート」特に抽象絵画とかピカソとかは「私は難しいのは分からないわ」「なんだか訳分からなくて理解できないわ」そう感想というか、おっしゃられる方に多く出会ってきました。

いいんです「理解」などできなくて「分からなくて」いいんです。人それぞれ別のことを考え生きてるわけですから、人の脳みその中なんてわからないのが当然です。

堂々と「判らない」とおっしゃってください。

かの有名な「芸術は爆発だ」の岡本太郎氏も「芸術とは判らないものだ」と言ってます。

「面白い」「なんかしっくり来ない」「不快だ」「生理的にうけ付けない」「なんか判らんけど綺麗だから好き」 それでいいんです。

アートというのは難解な数学の問題を解くのとは違うわけで訳で、解けたから別に偉いわけでもないし、理解できなくてあたりまえで、恥ずかしいことでも何でもないのです。

つまらないものはつまらない。面白いかつまらないか、感じてもらえばいいのです。そう、本来なくてもいい無駄なものなんですアートなんてものは(^_^;) そう別に重要なものじゃないんです。気楽に考えてくださいね。「芸術はお気楽だ〜!」っでいいんです(*^_^*)

 

ラクーア展示に頂いた感想

もう10年も前になってしまますが、東京ドームシティ「ラクーア」で一ヶ月半展示をさせていただきました。その時頂いたご感想をご紹介します。スキャン 51

アニメートワイヤーズは触れる作品です。揺れる姿は生き物のよう。針金ペットくんたちをよろしくお願いいたします。

感想ノートへの落書き

 

個展をGalleryとか美術作品の展示が当たり前のところでやるのか?

それとも通りすがりの人、普段は特に美術とか関心のない人が多く訪れるような場所でやるのか?

これは展示方法やらいろいろのことが違ってきます。

座高円寺という東京杉並区の演劇やコンサートのできるスペースをもつ施設があります。

そのお客様たちが入場を待ったり幕間に休憩をしたりするホールにあるGalleryでやらせていただいたことがあります。

ラクーアでの個展もそうでしたが、お客様は自分の作品を見に来るわけでなくたまたま私の作品を見かけたというかたがたです。

そんな中置いておいた感想を書いていただけのノートに書いていただいた感想には、本音があふれています。

悪口的なことも書かれたこともありますし、あとはお子様の落書きが結構多いです。

とは言えこちらに載せた画像のように落書きと言っても、自分の針金を真似して一筆書きをしてくれてたり、作品に何らかの刺激を受けて絵?、落書き?を書いてくれたんなら、それは書いてくれたお子さんたちにとってはとても良いことなんのではないかとも思います。

それも見たどなたかが「落書きダメよ」と書かれてますが、針金を通して触った人見た人に楽しんでいただければ、という私の作品の主義から言ったら万々歳なんだと思います。

そう、究極は作品などなくてもいいのかもしれませんし、私の作品であるひつようもないのかもしれません。

ハ・ハ・ハ、アーティストがこんなこと言ってていいのかな? (^_^;)